199526 ランダム
 HOME | DIARY | PROFILE 【フォローする】 【ログイン】

ふらっと

ふらっと

かけひき

D3総支配人フレディ・スタンサーは、温厚な人柄と整った顔立ちがうまくかみ合った美青年だが、その反面、感情や思考を相手に読ませないという仮面のような表情を使い分ける、なめてかかると大変なしっぺ返しを受ける切れ味も備えている。
 退役した時点では大尉であった。文官上がりだが宇宙軍情報部所属という経歴の持ち主であり、今の職場はとても想像のつかない転職だと、同僚は噂しあった。
軍組織にあっては、情報部所属という肩書き自体が、民間企業への転出に対して高く強 固な壁を作るものなのだ。
 それをどう崩したのかは定かでないが、ヘッドハンティングに成功したDAIコンツェルンにも、それなりの力があるのだろう。
 フレディ自身は諜報活動や工作員として勤務した実績はないが、彼の技量は経営という情報戦のフィールドにおいて遺憾なく発揮されている。本人曰く「こちらに天分があったようだ」ということだ。
 突発的に生じた今回の連邦軍輸送船の遭難事故は、D3側にとっても大きな「間接的損害」を与えることになり、その善後策に追われることとなった彼には、冷徹な判断と指揮能力も要求された。
 彼はこれをやってのける。
「ここまで積み上げてきたD3の実績を反故にするのは残念ですが、軍部からの操業休止勧告には従わざるを得ないでしょう。向こう半年の予約キャンセルについては、違約金を上乗せしたかたちで予約金の払い戻しを進めることとします。他のDAI-TOWNへのレジャーパスポート発給は、顧客側の要望があれば、違約金と差し替えて提供します。昨日の総支配人会議で了解を取り付けました」
 事件の2日後、連邦宇宙軍のソロモン方面軍から、D3への事故調査協力要請と、調査期間中のモビルダイヴ休止勧告が、親書で届けられた。さらに2日後、フレディはD3の受け入れ態勢に関する基本措置を完了し、スタッフリーダーを召集して指示を与えた。
 さすがに疲れが顔に現れている様子だが、フレディのスタミナと精神力にはパイロットたちも舌を巻くのであった。
「次に、当社が軍に対して要請し、ソロモン方面軍司令官名で承諾書を得た臨時操業シフトについて説明します。詳細はレポートを確認してもらうとして、当面、モビルダイヴに代わる営業内容に、ルナツー宙域でユニコーンを利用した遊覧ディナーツアーを、軍から提示してきました」
「そんなの受けたんですか?」
 誰かがつい、口に出してしまった。
 フレディは特に表情を変えずに告げる。
「一番先に蹴飛ばしました。今やファミリーレストランでさえクルーザー級の遊覧レストランをやる時代です。それと同列の印象を持たれては、操業復旧後のこちらのイメージに関わります」
 言葉を返せばつまり、そういう印象を持たれそうなぎりぎりの線でもあるなと、シン・トドロキは同僚のアラン・フロイトに目線で訴える。アランは無言で両手を広げたお手上げのポーズを取る。
「総支配人の英断でこっちは安心したが、気になることが一つある。軍が遊覧航行のプランを持ちかけたってことは、航路設定から最低限の人員や機材配置と宣伝も含めたコストも考慮してのことだろう? ということは、軍はトラップ問題を長期戦で捕らえているということだな?」
 アランの問いかけに、フレディは「その件は後の説明で」と釘を差し、営業対策の話に戻る。
「実はこれも乗り気ではなかったのですが・・・ 連邦宇宙軍の観艦式が20年ぶりに挙行されるのは知っていますね? 今回の式典には民間船舶の博覧会という企画も盛り込まれているんです。要するに民活資金の導入というわけですが、当社は宇宙軍の依頼に基づき、ユニコーン、アリオン、ケンタウロスの3艦を出展することとなりました。資金は向こう持ちです。こちらの試算では、経費をうまく運用すれば違約金分の回収は可能と見ています。あとは博覧会への参観者からの入場料収益を主催者と分けることになります」
「アリオンとケンタウロス。D1とD2も参加するのか」
「観艦式は確か7月だったな。なんでも今回のは、あのシャアの反乱から10年だというんで、地球圏の平和維持を考えようとかいう、かなりソフトなイベント企画だという話だが」
「それで現存するペガサス級の船をかき集めようって考えか。ネオジオン紛争鎮圧記念というよりアムロ・レイ慰霊祭になりそうじゃないか」
「そりゃ考え過ぎじゃないの」
「偽善だよ。なんだかんだ言って本音は利権目当ての内需拡大策さ」
 誰彼となく口々に観艦式の噂をし合う。この観艦式で、寧艦となった大型空母ベクトラが、外宇宙防衛拠点として復帰するという噂もある。
 ベクトラは依然として解体されずに、ルナツーの秘密ドックに眠っているというのがもっぱらの話であった。解体するだけの予算をかけるのもばかばかしいという判断のことらしい。
 それはそれでいいが、現役復帰されておもしろくないのは、ベクトラから放出された乗組員やパイロットたちだ。シン・トドロキもこの話を耳にしているが、内心穏やかではない。
 フレディはざわつくスタッフを見回してアテンションをかける。
「静かに・・・ 式典の批評は各々ありましょうが、前回の観艦式ではデラーズ紛争が勃発して、宇宙軍の面目は丸つぶれになった経緯があります。そこで今回は民間船舶博覧会というリスク分散を図ってのことでしょうが、軍の都合はこの際どうでもいい。こちらがいかに有利な条件を得るかなのです」
「グリフォンは仲間外れってわけですか」
 シンは冗談めかしてたずねた。
「グリフォンはD3の虎の子です。キャプテン・フロイトには失礼な言い方をしますが、グリフォンには伊達に海賊船をやらせているわけではありません。臨戦態勢への即応性、柔軟なクルーと装備の運用、いろいろと派手さを持った隠れ蓑。あらゆる面で、地球圏の不測の事態に備えるための、我が社のモデル艦でもあるのです。よって今回は、グリフォンをトラップ対策専任に充てることとします」
「いや、総支配人の言うとおりだ。適応性ではユニコーンも引けを取らないと自負しているが、シンの運用を見ていると、船をモビルアーマー並に扱うことができる。この機動力は認める」
 今度はアランがシンに目配せする。シンはにやりと笑い返した。
「キャプテン・トドロキはパイロット出身という畑違いのハンデを克復して、操艦技能を十二分に発揮しています。MS運用もベテランですから、これからやってくる軍の調査部隊とも対等に渡り合えると期待しています」
「ベテランの腕は干されたまんまですがね。俺の機体・・・といっても今は会社の持ち物か。アレはいつになったら戻してもらえるんです?」
 シン・・・否、キャプテン・トドロキは訴えるように言った。グリフォンがD3の虎の子だというなら、彼にとってのモビルスーツも同じことなのだ。
「Zプラスですか? これは朗報になると思いますが、来週中の便に間に合わせる予定で最終チェックに入っているそうです。型式番号は“MSZ006-D3”と変更されています。仕様変更に伴う機体呼称もZプラスではなくなると聞いていますが、詳細は掴んでいません。とりあえず民間機扱いとなりましたので、非武装改修は徹底されていますからそのつもりで」
「あれを修理して乗るのか?」
 フレディの言葉を、グリフォンの接客責任者であり、副長を務めるケニーが取った。
「だってプルの奴が全損させたんだろう? フレームなんか大丈夫なのか?」
「さてね。あがってきたら試験飛行くらいはやらせてもらうさ。それくらいの特権は出るだろう?」
 シンの請願には取り合わず、フレディは切り返した。
「私は、キャプテンの機体を運んでくるシャトルがトラップに遭遇するのではないかと気になります。まずは無事に納品されることを祈りましょう」
「ふんっ、やなこと言うぜ。それで、宇宙軍の調査隊については何か情報は来ているのかい?」
「ソロモン方面軍第4艦隊所属、巡洋艦『テネレ』1隻。艦長はアンドリュー・コーラン中佐です」
 調査隊といってもそんなものだろうと、一同は頷く。連邦宇宙軍にしたところで、問題のポイントで何が起きたのかは、充分には掌握できていないだろうと彼らは思った。グリフォンが提供したデータと、救出された2人の生存者の証言でしか、状況を確認できないのだから。
 それでも、輸送船が消失したという事実が、巡洋艦1隻を派遣させるに至った。これが頭の柔らかい艦長なら作戦行動も取りやすいが、観艦式を目前にした時期にあって、宇宙艦隊はどこの部隊も多忙を極めているはずだ。
 その晴れ舞台からはずされてくるとなれば、こちらに対する風当たりも強かろう。
「ま、なんでも来いだな。わけのわかんねえ異常空間よりは、まだ巡洋艦まるごと相手にする方が楽ってもんさ。ただな、総支配人。俺たちは軍属でいた時以上の誇りを今の仕事場に抱いているんだ。相手がどう出てこようと、対等につき合わせてもらうぞ」
 キャプテン・トドロキはスタッフを代表して決意を表明する。

 同時刻、宇宙要塞ソロモンを出港した連邦宇宙軍巡洋艦テネレは、ただ一隻の随伴艦もなく、また索敵のためのモビルスーツも偵察機も出動させず、一路D3の興業宙域を目指して加速を開始していた。
 加速途上という状況から、艦を発進する機体がないのであるが、艦長のアンドリュー・コーラン中佐は、未知の異常空間の存在に対して、この時点ではそれほど神経過敏にはなっていなかった。
「そんなレーダーにも引っかからないようなもんなら、うかつに偵察機を先行させてそいつらを遭難させるわけにゃいかないだろうが。艦が捕まったらさっさと逃げ出せるようにシフトを採らせろ。記録が取れれば巡洋艦一隻放棄してもかまわん」
 冗談半分の言いぐさがこんな具合である。もっとも、いかなる事態においても艦全体がパニックに陥ることはないという自信の裏打ちでもあるのだろう。ブリッジにも至ってリラックスしたムードが漂っていた。
「艦長、D3のグリフォンというのは、どんな部隊なんでしょう」
 副長のケンジロー・シノザカ大尉は、揚陸艦グリフォンが民間の船舶であると承知しているつもりだったが、モビルスーツを運用するという船の特性から、ついこんな質問をしてしまった。
「民間の観光業者だからな、部隊などというものではないさ。ただし、乗組員の8割が軍からの流出だと聞いている。船長はMSのパイロットあがりだそうだが、このシン・トドロキという男は『ブルー・シューティング・スターズ』の1人だったと、報告書に書いてある」
「へえっ、元ベクトラ所属の『青き流星群』・・・ ゼータ乗りでも超一級のトップガンじゃないですか。なんだってそれほどのパイロットが、退役してまで海賊船の船長なんかやってんですかね」
「しらんよ。それに余計な詮索も無用だ。変な先入観で接触すると、ろくなことはない。そのあたりのことは、特にパイロットたちには徹底させておけ。まさか出会い頭に殴り合って親睦深めるなんてことにはならんだろうが、なにしろゼータ乗りへのコンプレックスは根が深いから」
 コーラン中佐は軍服の襟元をゆるめたまま、キャプテンシートからふわりとフロアに降り立つ。
「ただでさえ厄介な仕事を押しつけられたんだ。『仮称トラップ』だと? そいつの存在を調査するのはいいがな、実在した場合は我々は観艦式どころじゃなくなるわけだ。といって見つけられなければそれで宙域の安全確認ができるかどうかが曖昧になる。事実、輸送船が消えてるんだからな」
「どちらに転んでも、長丁場を覚悟しなくちゃなりませんね」
「そうだ。だから、もめ事は極力避けたい」
 微妙なバランス感覚なのだと、シノザカ大尉も感じている。テネレにはZ系モビルスーツは搭載されていない。レギュラー配備されているのは数種類のGMタイプだ。が、今回の調査にあたって、2機のRX94式が支給されたことが気がかりであった。
「量産型とはいってもνガンダムは“ガンダム”だ。パイロットのプライドがこれで満たされればいいが」
 逆効果もあり得ると、シノザカは思う。
 だが今は、危険なミッションを与えられているという緊張感の方が勝っている。トラップと呼ばれる空間の歪みか落とし穴、現在テネレ入が手している情報だけでは何一つ理解できない、不自然な現象の正体を突き止めなければならないのだ。もちろん、この艦自身が遭難するかもしれない。
「94式のパイロットは決定したのかね」
「はい。1号機にはガストン・ライア大尉、2号機にシリル・ナブー中尉です。すんなり決まったという話ですが、これは妥当な人選でしょう」
 2名とも、一年戦争時代にアフリカ戦線においてRX79式Dタイプを操縦した経験があるという。テネレ所属のパイロットとしては年功も高いことから、若いパイロットたちが譲ったという。
「艦長は、どう考えておられるのです?」
「νガンダムは我が艦隊の旗艦モーリタニアに配備される5機のうちから、頼みもしないのに『無理矢理持たされた』機体だからな。若い奴らは運用の評価を後で査定されるのをいやがったんだろう」
 コーラン艦長は苦笑いしながら言った。しかし、この答えはシノザカの求めた質問とは見当違いの答えであった。話題を急に変えた自分もまずかったとシノザカは気がつき、問い直す。
「失礼しました。小官が伺いましたのは、今回の遭難事故のことだったのですが」
「ああ、トラップのことか? あまりにも非現実的な話なのでな、この目で見なければ信じられんというのが本当のところだよ」
 艦長は今度は照れ笑いしながら答えた。量産型νガンダムに関する評価は明らかに失言だったからだ。そしてこれをうち消すように付け加える。
「もう一点、興味深いのは、上層部の判断が意外にも迅速だったということだ。対面的には巡洋艦一隻のみの調査派遣だが、考えてもみろ、遭難事故からまだ5日めだ。書類を上から下へおろすにしても、これは異例の早さだ。宇宙パトロールに宙域を確保されるのを嫌ってのことのようにも思えるし、ひょっとすると上層部は別の角度から、トラップの情報を手に入れているんじゃないだろうか」
「我々には詳細は知らされていないということですか」
 シノザカはコーランの推測に怪訝な顔になる。
 2人はブリッジ要員のことはさほど気にもとめずに、少しばかり突っ込んだ会話を始めた。
「おそらくトリプルAを上回る機密事項が絡んでいるのだろう。この調査の結果如何で、ディスクロジャーすべき概要があらかた決まるものと思っていい。あるいは全く公表されないのかもしれんし」
「しかし、それほど隠密行動が求められるなら、民間の船を同行させるような行為は不自然じゃないでしょうか」
「大尉はあまり興味がないだろうが」
 コーラン艦長は窓の外を眺めながらつぶやいた。
「この宇宙空間には、ふたつの『D組織』が存在する。ひとつは企業複合体DAIコンツェルン、その系列であるDaiTOWN。もうひとつは」
「反地球連邦ネットワーク・・・・」
「そうだ。前者は実体を伴う企業体だが謎も多い。軍部とのパイプも太いらしい。ケアンズ768の事故を直接目撃し、一部の乗員を救助したのがその所属艦となれば、上層部も手を握るしかなかったんだろうな」
「後者の方は・・・やはり関係があるんでしょうか」
「それは考慮しなくてもいいだろう。Dネットはそれ自体が得体の知れない情報通信網だが、直接テロ活動を起こしてくるものではない。今回のミッションは、D3に出し抜かれることなく、必要な情報を掌握して持ち帰ることが重点事項だ。とすれば、軍内部がトラップに対して何かを掴んでいるか、隠しているという推理が成り立つ」
「現場としてはあまり深入りしたくないですね」
 そういうことだ、と、コーラン艦長は答えた。
「しかしそれでは、もしD3が我々の任務遂行の障害となった場合・・・」
「心配するな。仮にも我々は連邦宇宙軍だ。連中を後ろから撃て、などという指令は出ていないよ。もっとも高度な政治的かけひきが、上層部とDAIコンツェルンの間に成立してのことなのだろうがな」
「ため息しか出てきませんね」
 シノザカはそう言いながら、何かいやな予感を感じていた。



© Rakuten Group, Inc.